小説

蜜蜂と遠雷 感想 名言

『蜜蜂と遠雷』(著:恩田陸)を読ませていただきました。

『蜂蜜と遠雷』はなんと2017年に直木賞本屋大賞のW受賞されています。

本屋大賞は2004年から設立され13年目にして初めてのW受賞となりました。
2019年10月4日に実写映画化が決定しています!

本屋に行けば必ず店頭においてある著書ですがそこまで面白いのかと疑心暗鬼に購入して読んでみると納得の面白さ。私は、クラシックが好きというのもありとても感情移入していまいました。

個人的好きなセリフ、一説

僕は爆弾をセットしておいたよ。
僕がいなくなったら、ちゃんと爆発するはずさ。世にも美しい爆弾がね。

彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『厄災』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている。

ユウジ・フォン=ホフマンの言葉ですね。
これだけ見ると危ないセリフに見えますが爆弾とは風間塵のことですね。

この言葉がでてきたのは前半(上巻のp31、32とp45)ですが後半でしっかり美しい爆弾が爆発し、しっかりギフトになりましたね。主人公である栄伝亜夜が影響されて天才なりに成長していく様が描かれています。

爆弾という表現が私は好きです。ホフマン先生の言葉をもっと聞きたかったです。

幾つか考えてはいるんだけど、まだ迷ってて決められないから、本番の感触で決めようと思って

栄伝亜夜のセリフです。さすがのマサルもびっくりしていました。コンサートなのに本番の感触でカデンツァ(カデンツァとは独奏楽器や独唱者がオーケストラの伴奏を伴わずに自由に即興的な演奏・歌唱をする部分のことである。Wikipedia)を決めようとしていたところですね。

このとき二次予選の課題曲は「春と修羅」なのですがこれを本番でアドリブで弾こうとしたわけですね。自分が天才だと気づいていない人間の天然発言に鳥肌がたちますね。

音楽を閉じ込めているのは、ホールや教会じゃない。人々の意識だ。綺麗な景色の屋外に連れ出した程度では、「本当に」音を連れ出したことにならない。解放したことにならない。

これもホフマン先生のセリフです。ホフマン先生は名言が多い!

風間塵が音楽を広いところに連れ出したいと話した後、ホフマン先生の言葉を頭の中で思い出した時のセリフです。
音楽を自由に奏でたいという風間塵の気持ちが表れた一説です。

風間塵は本当に音楽を広いところに連れ出せるのでしょうか?それは三次予選で明らかになります。三次予選でコンテスタントが覚醒していく感じが好きです。

その他印象に残ったセリフ

鳥は楽譜なんか読めない。でも、決して歌うことを止めないわ。

練習を一日休むと本人に分かり、二日休むと批評家に分かり、三日休むと客に分かる

これはフランスのピアニスト、アルフレッド・コルトーの名言ですが。

世界に溢れている音楽を聴ける者だけが、自らの音楽をも生み出せるのだから。

ユウジ・フォン=ホフマン

再現芸術だからこそ、いつも新しくなければならない。

ユウジ・フォン=ホフマン

後半はホフマン先生の回想シーンがあまりなかったので少な目ですがホフマン先生のいい言葉が多すぎです!

主人公の成長と各コンテスタントの個性、才能による演奏とその表現がクラシックに興味がない人でも全然楽しめる作品となっています。

小説が全部で900ページ以上あるので小説を初めて読む方には少々骨が折れるかもしれませんが読みやすい表現が多いのですらすら読めてしまうかもしれません。

また実写映画化するのでそちらを見るのもオススメです!