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嫌われる勇気まとめてみた【後半】

嫌われる勇気まとめてみた

こんにちはかつみです!
こちらは『嫌われる勇気』の後半になります。

まだ前半を読んでない方は先に前半をお読みください。

第3夜

第三夜

他者を仲間だと見なすことができれば、世界の見え方も変わってきます。

われわれは常に他者からの承認を求めていますが、アドラー心理学では、他者から承認を求めることを否定します。

われわれは他者の期待を満たすために生きているのではないです。

他者からの評価ばかり気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになります。

これを理解するにはアドラー心理学の「課題の分離」という考え方を知る必要があります。

「課題の分離」とは?

われわれはこれは誰に課題なのか?という視点から自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があります。

あらゆる人間関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと、あるいは自分の課題に土足で踏み込まれることで引き起こります。

子供が勉強しないという選択、志望校に入れないという選択。

その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは子供です。

すなわち勉強とは子供課題であり、親の課題ではないためトラブルが起こります。

自分を変えることができるのは自分しかいません。

対人関係の悩みを解決する方法

自分の人生についてあなたにできることは、自分を信じる最善の道を選ぶことです。

その選択について他者がどのような評価を下すのか?これは他者の課題であってあなたにはどうにもできない話です。

自分ではどうにもできない課題を分離することが、対人関係の悩みを解決する方法です。

明らかに理不尽な理由によって嫌われている。ならばこちらからすり寄る必要などないのです。

他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。

これがアドラー心理学ならではの対人関係の悩みを一変させる方法です。

承認欲求は不自由を強いる

承認欲求とは要するに誰からも嫌われたくないのでしょう。

他者の期待を満たすように生きること、そして自分の人生を他人任せにすること。

これは自分に嘘をつき周囲の人に対しても嘘をつき続ける生き方なのです。

本当の自由とは他者に嫌われること。

すべての人から嫌われないように立ち回る生き方は、不自由きわまりない生き方であり同時に不可能です。

他者の評価を気にかけ、他者から嫌われることを怖れていては、自分の生き方を貫くことはできません。

つまり嫌われることを怖れなければ自由になることができます。

幸せになる勇気には、嫌われる勇気が含まれます。

第4夜

第四夜

対人関係のゴールとして「共同体感覚」を持つこと。

あなたは世界の中心ではなく、共同体の一部であって中心ではないです。

対人関係を縦で捉えてはいけません。一つでもいいから横の関係を築いていくこと。

他者の課題に介入し、土足で踏み込むことは対人関係を縦でとらえ相手を自分より低く見ているからこそ介入してしまうのです。

横の対人関係とは、他人を敬いつつ、意識の上で対等であり、主張するできことは堂々と主張することが大切です。

対人関係のゴールは「共同体感覚」

対人関係のゴールは「共同体感覚」です。

他者を仲間だと見ないし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます。

共同体とは国家や人類を包括した全てであり、時間軸においては過去から未来までも含まれるし、さらには動植物や無生物までも含まれます。

そして共同体感覚とは、幸福なる対人関係のあり方を考える最も重要な指標なのです。

「わたし」は世界の中心に君臨しているのではなく、「わたし」は人生の主人公でありながら共同体の一員であり、全体の一部です。

共同体感覚がない人は他者とは、「わたしのために何かしてくれる人」でしかありません。

それで期待が満たされないと失望し、仲間を失うことになってしまいます。

あなたは共同体の一部であって中心ではないのです。

より大きな共同体の声を聞く

対人関係の入り口には「課題の分離」があり、ゴールには「共同体感覚」があります。

共同体の範囲は無限大です。

パンを買った時支払った金額は、職人、生産者、流通業者などさまざまな人たちに還元されているはずだし、つながっているわけです。

人は共同体を離れて「ひとり」になることなど絶対にありませんし、できません。

共同体を小さく捉えている人は、人間関係のトラブルがあったときどこにも所属感を得られず、ひきこもりや家庭内暴力などに走ります。

学校の外にはもっと広い世界が広がっています。

退学届1枚で縁が切れる共同体など、しょせんその程度のつながりでしかありません。

しかし、外に出るのは勇気がいるし、退学という決断も簡単にできるものではありません。

そこで覚えていて欲しい行動原則があります。

困難にぶつかったとき、出口が見えなくなった時「より大きな共同体の声を聞け」という原則です。

学校なら学校という共同体の共通感覚で物事を判断せず、より大きな共同体の共通感覚に従うのです。

第5夜

第五夜

ありのままの自分を人前でだせるようになるには、自己への執着を他者への関心に切り替え共同体感覚を持てるようになること。

そこで必要になるのが、

  • 自己受容
  • 他者信頼
  • 他者貢献

の3つです。

自己受容

自己肯定と自己受容には大きな違いがあります。

自己肯定とは、できもしないのに私はできる。わたしは強いなど自己暗示をかけることです。

これは自らに嘘をつく生き方であるといえます。

自己受容とは「できない自分」をありのまま受け入れできるようになるべく、前に進んでいくことです。

例を出すと、60点の自分に本当の自分は100点だと言い聞かせるのが自己肯定で、60点の自分にどうしたら100点に近くかを考えるのが自己受容です。

他者信頼

ここでは信用と信頼を別で考えます。

信用とは、担保に対してこれだけ貸す。あなたが返済してくれるなら貸すなど、条件付きの話です。

信頼とは、他者を信じるにあたって一切の条件をつけないこと。

たとえ信用できる根拠が無かろうと信じる。それが信頼です。

無条件の信頼とは対人関係をよくするため、横の関係を築いていくための手段です。

裏切られたときのことばかりを心配し、信頼することを怖れていたら、結局誰とも深い関係を築くことができないのです。

他者貢献

他者を仲間だと見なすためには、自己受容と他者信頼の両方が必要になります。

しかし、共同体感覚とは自己受容と他者信頼だけで得られるものではありません。

3つ目の他者貢献が必要になります。

仲間である他者に対し、なんらかの貢献をしようとすることが他者貢献です。

人が幸福を感じるためには、自分は誰かの役に立っていると感じることつまり貢献感が必要です。

他者貢献とは、わたしを捨てて誰かに尽くすことではなく、むしろわたしの価値を実感するためにこそ、なされるものなのです。

共同体感覚を持つ

  1. ありままの自分を受け入れる、つまり自己受容するからこそ裏切りを恐れることがなく他者信用することができます。
  2. 他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えるからこそ、他者貢献することができます。
  3. 他者貢献するからこそ、誰かの役に立っていると実感し、共同体感覚を得ることができます。

無意味な人生に「意味」を与えよ

人生の意味とはなにか、アドラーの答えは「一般的な人生に意味はない」です。

これを語った後「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と言いました。

人生に意味はない。しかし、あなたは意味を与えることができる。

他者から嫌われることを怖れず、他者の人生を生きない自分だけの自由な道を選んでください。

人が自由な道を選ぼうとしたとき、迷うこともあります。

自由なる人生の大きな方針として「導きの星」というものを掲げます。

それは他者貢献です。

あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいいです。

嫌われる人には嫌われていいですし、ありのままの自分で生きても構いません。

他者貢献という星を掲げていれば、つねに幸福とともにあり仲間とともにあります。

世界とは他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わり得ないということです。

他の人が協力的であるかどうか関係なく、あなたが変えるために始めるべきです。

まとめ

読む前タイトルを見ただけでは、人に嫌われてどうするんだ?という印象でした。

人に嫌われたくないから、気を使い、仲間をつくったり、合わない人と話すのをやめたり、自分が出せなかったりします。

人に嫌われることと人に好かれることは真逆であると思っていましたが、本書を読んで真逆ではないことを知りました。

10人いたら1人には嫌われ、2人に好かれ、7人はどちらでもないとありますが、嫌う一人を気にかけ残りの9人を疎かにするより、

1人には嫌われたままで、好いてくれる人だけを大事にするという考え方は、全ての人に好かれようとする僕にとって考え方が変わった1文でした。

人に嫌われても自分を好いてくれる共同体がある。

他人の課題に関わろうとするから人間関係を間違えるなど、勉強になることばかりでした。

他者貢献という導きの星を忘れず、自由な道を選ぼうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。